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地域住民との一体的まちづくり (大東市御領地区) |
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御領とは、大阪都心部より東へ約10キロメートルに位置し、大東市域の最北西に位置し、門真市と隣接した地区である。 JR学研都市線住道駅が最寄駅であり、当駅より北西約2キロメートル程のところが御領である。 大化改新のとき、河内国となり、御領は讃良郡の一部となり、明治十九年まで約一二四〇年の長い間、讃良郡に属していた。天正十二年(一五八四)「河内国御給人御蔵入の内より出来目録」によれば「五里やう村」二五〇石は奥村半平の知行、注記二一七石出来と書かれている。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳によると高三八九石余。幕府領。寛文二年〜延宝六年、大阪城代青山宗俊領、延宝六年〜貞享元年同太田資次領。貞享元年〜同四年、同土屋政直領。元禄五年より幕府領となり幕末に至る。ただし、寛政六年高槻藩預地となる。明治元年大阪府司農局に所属、明治二年河内県の管轄に換り、同年八月堺県の管轄に転じた。明治十四年大阪府となり、明治十九年大阪府茨田郡に転じ、明治二十二年大阪府茨田郡南郷村大字御領となり、さらに、明治二十九年大阪府北河内郡南郷村大字御領となり、明治三十一年三町村合併により、大阪府大東市御領となり現在に至る。
このボランティア活動によって、生駒山の風情が水面にさらに美しく映え、また子供たちが水とのふれあいを楽しみやすいようになっています。 皆さまがこれからもより一層住みやすい地区にされ、思い出深い地になるようになっていくことを願っています。
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