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まちの晴れる日 大阪大学名誉教授 帝塚山大学教授 紙野桂人 |
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このような郊外に向けて街に住む家族が週末の一日を遊ぶ習慣もかつては盛んであった。その誘いをし、足の役割を務めたのが「郊外電車」であった。特に大阪の場合ほとんどの私鉄はそう呼ばれたものだった。郊外の住宅地から見晴らしの良い駅に出て郊外電車に乗り、車窓風景を楽しみながら都心に通うのも都市の魅力のひとつであった。 このような都市と郊外の調和が都市の古き良き時代のアメニティでもあったのである。しかしそれはもうすっかり遠いものになり、通勤平均時間の増加や混雑率が社会問題視される時代になってしまった。いまわが国の都市で、郊外と呼べる姿が保たれているものはどこにあるだろうか。それに近いものに出会おうとすれば、自動車で高速道を少なくとも1時間は走らなければならないだろう。それはもはや郊外ではなく、別の農村や山間地域なのである。 うらやましいことに、諸外国にはまだ都市と郊外の調和が保たれている所が少なくない。大都市にもそれはある。たとえばパリ市をとりまくイル・ド・フランス、ロンドン近郊のグリンベルト地帯、特にテムズ河上流の地域である。ニューヨーク市でも、マンハッタンを出てニュージャージーに入れば風景が変わる。 都市が郊外を失って巨大な市街地の単調な連続になり、農村が孤立して過疎地になる状況では本当の都市のアメニティは得られない。都市と郊外のバランスの良い共生が美しい地域を造ると私は思う。その可能性は全くなくなったわけではない。大阪府内でも三山系の地域は郊外の資産を保っている。それを本当の郊外として再生させることは将来の課題である。 郊外にあって人が心をゆさぶられるのは、街の巷には無い静な憂愁とでも言うべき趣きである。英国の都市の郊外にあるマナーハウスは、汚れの無い緑に包まれた風景を造って心ひかれる。ケンダル郊外のウィンダミアで出会ったものを紹介しておこう。 イタリアの都市の郊外、メルカテッロ(ウンブリア州)の白い道にも憂愁を感じた。街から出てほんの数百歩でそれは私の視野に入って来た。思い起せば大阪府内の郊外でも、かつては、あちこちに白い道の農村風景があった。いまそれはほとんどアスファルト舗装をされて暗い灰色の道に変ってしまっている。それを残念に思いつつ白い道を登ったことを記憶している。 |
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