まちづくり人 関係者コメント
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  皆さまからのお力添えで
祖父と父の思いに応えられました
(地権者)
 
 
荒木氏
東湊町2丁西街区
まちづくり事業組合
理事長 荒木敏之

 東湊町2丁は、私の生まれ育ったふるさとです。そして、祖父が民生委員を務め、昭和62年に他界した父が最期まで気にかけ「よろしく頼む」と言い残していった場所でもあります。それだけに、大正時代の建物を建て直して、私の少年時代のような活気を取り戻したいと常々考えていました。とはいえ、長年にわたるさまざまな権利関係が交錯しており、私どもの力ではどうすることもできないと思案にくれていたのも事実。ですから、堺市から今回の事業計画を聞いたときには、願ってもないお話だと思いました。
 事業を進めるうえで最も大変だったのは、地権者18名の合意でした。総論は賛成。しかし個別の具体論に入ると、人の思いはまちまちです。査定内容が…、時期が…、高齢だから…。折衝を続ける間にバブルは弾け、条件はますます悪くなってきます。根が短気なこともあって、投げ出しそうになったことも一度や二度ではありません。しかし、志を同じくする他の地権者の方々をはじめ、堺市、長谷工コーポレーション、住金興産の担当者からいただいた温かい励ましや適切なアドバイスが、力強く私を支えてくれました。
 今、こうしてきれいになった町に立つと、私の心に去来するのは多くの方々への感謝の気持ちです。祖父と父から残された大きな宿題を、私はようやく成し遂げることができました。皆さん、本当にありがとうございました。心からお礼を申し上げます。(談)



  一旦は参画断念を決意しましたが
竣工完売、胸をなでおろしました
(ディベロッパー)
 
 
井上氏、落岩氏
住金興産株式会社
マンション事業部
部長 井上清志 主任 落岩 隆

 事業全般を通じて最も印象に残っていること。それは、まちづくり事業組合の総会の席上、地権者の方々を前にして「この期限までに全員の合意が得られないならば、当社は今回の事業計画への参画を断念します」と、宣言したことです。
 今回の仕事は、当社がマンション事業に本格的に参入した初期に立ち上げたもの。ですから、ぜひとも成功させたかったのですが、合意形成に時間がかかったため収支の狂いが大きくなり、ここが限界と苦渋の判断をしたわけです。しかし、かえってそれが良かったのでしょうか。暗礁に乗り上げた合意形成が、再び動き始めたのです。その後も紆余曲折はあったものの無事に竣工完売でき、ホッと一安心というところです。何とか事業が完了したのは、市の密集住宅市街地整備促進事業に指定され、さまざまな補助金が交付されたことも大きな要因でした。
 先日、荒木理事長が私どもの会社にわざわざお礼に見えました。地権者さまの代表として、大変に喜んでいただいていることがお話の端々にうかがえ、私たちとしても苦労のしがいがあったとうれしく思います。(談)



  仕事がらやむなく地区外 の新事務所へ
移転することを「決断」しました
(地権者)
 
 
門林氏
東湊町2丁西街区
まちづくり事業組合
副理事長 門林清廣

 私が、東湊町2丁の南西角に9坪の古い事務所兼工場を手に入れたのは、平成2年ごろでした。個人経営で続けてきた冷凍海産物卸の仕事を拡張するため、建て替えの話があることを知らずに買ったのです。仕事は順調でした。ところが建物の方は雨もりや障子が閉まりにくくなるなど、建て付けの悪いところが出てきたのです。建て替えには資金がいるし、売却しても思うような値では売れそうにない。いずれにしても頭の痛いことだと思っていたときに、今回の建て替えの話がありました。町はきれいになるし道も広くなって、これは良い話だと思ったのですが、私には新しい悩みが生まれました。
 魚を扱う私の仕事場では、季節によってはニオイの出ることがあります。これでは、新築のマンションに似あいません。そういうことから、新しいマンションに入居してくる人のことを考え、私は別の場所に物件を探すことを決心しました。
 その結果、今は新しい事務所に移ったことを機に、より一層商売に力を入れたいと考えています。ご尽力いただいた皆さま、まことにありがとうございました。(談)



  誠意をもって粘り強く
これが合意形成のポイントです
(コーディネーター)
 
 
林氏、竹内氏
株式会社長谷工コーポレーション
関西 営業一部 地域開発チーム
チーフ 林 安彦  主事 竹内重人

 民活導入をベースにした今回の事業に当たって、当社は計画の設計、地権者さまへのご提示と折衝のお手伝いから参画しました。そうした業務のなかで最も気を遣った点は、計画全体の流れをにらみながら、地権者の方全員の合意を形成することに尽きます。
 気に入った転出先を見つけたので、早く売却してしまいたいという人や、せっかくなら注文建築で家を建てたいので、もう少し待って欲しいという人。なかには「易断によると、来年以降の引越しは卦が悪い。今年中なら出て行かんこともないが、来年にずれ込むようならテコでも動かんよ」と、言い出す方もいました。こういった方々に足並みを揃えていただいて、同時に契約を済ませるのは大変です。決め手ですか? ただ、誠意をもって粘り強く説得を繰り返すしかないですね。
 当社が参画して以来、7年が経過するなかで市況は大きく変化しました。事業の資金計画を考えると、本当にギリギリのところでうまく切り抜けられたと思います。(談)



  新時代の密集市街地整備に
手応えを得ました
 
 
原氏
堺市建築都市局
都市整備部
住環境整備課 課長代理
原 壽昭

 堺市では、老朽した民間木造賃貸住宅が約3万5千戸残っています。なかでも旧市街を取り巻くエリアに明治から大正時代の住宅が多いのが特徴です。阪神淡路大震災の教訓もあり、こういった地区における防災面の強化、さらに道路や公園など都市基盤の整備や居住環境の向上は大きな課題となっています。
 市では昭和57年に国が定めた「木造賃貸住宅地区総合整備事業制度」の運用に基づいて昭和58年に調査を行った結果、湊・湊西・東湊の3地域を重点地区に指定。平成2年度から「堺市密集住宅市街地整備促進事業」をスタートし(東湊地区は「コミュニティ住環境整備事業」)、事業に取り組んできました。主な施策は、老朽住宅の建替促進、道路の拡幅、公園の拡充などや借家人に対する家賃補助、住宅の斡旋もその一環です。
 こうした啓発活動を続けていくなかで、動き始めたのが東湊町2丁西街区です。この街区では“モザイク”のように賃貸住宅が点在していることから、共同化への建て替えを誘導。さらに、18名の地権者の方々の、従後の生活設計が容易になるようにと、市街地再開発で一般的な等価交換の手法を採用。全国的にも珍しい“ミニ再開発”として進め、成果を納めました。
 経済の低迷や高齢化を考えると、今後はこれまでの手法だけではうまくいかない場合も出てくるでしょう。地域の実情に合わせて、区画整理など他事業との合併施行や、それらの手法を取り入れた柔軟な事業計画を考えることが大切です。その意味で、今回のケースは当市の密集市街地整備の、ひとつの手本となりそうです。



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